昭和44年(1969年)

いわゆる「おフランス様の『パリ五月革命』がおきたのが1968年」で、その翌年が1969年で和暦でいうと昭和44年と云う事になる。今となっては「去りにし夢でみんな夢の中」と云う事かな。

★みんな夢の中と云う歌謡曲

■コチラを参照「みんな夢の中」

前記事「橋下代表が日本の民族政策不在に言及」で使わせて貰った1969年の歌謡曲が、気になって仕方がない。この歌の中には、いわゆる「マイノリティー」対する共鳴があるからだ。

優れたコンポーザーには「部族(エスニック・グループ)の予言者もしくは占い師」みたいな資質が備わっているようだ。戦の帰趨(未来)を託宣するようにである。この歌を作詞作曲家した「浜口庫之助」さんにはそれが備わっていたようだ。

■コチラを参照「雑感・戦後日本の世相と流行歌(26)」

1969年(昭和44年)は、日本では東大安田講堂事案を初めとした新左翼が全国で暴れ回った年である。東京は新宿西口広場にて「フォークゲリラ(集会)」なる小賢しい騒動があった年でもあるそうだ。

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相前後して、「入管闘争」とか「狭山事件闘争」で盛り上がった(新左翼もしくは全学連的に)時代でもあったようだ。何れも「在日と部落」とか云う(エスニック)マイノリティーからの対向運動でもあったようだ。

ようだようだと書いて恐縮だが、何せ私は小学生だったのだ。それでも「みんな夢の中」は微かに覚えている、紅白歌合戦出場曲だったからだ。

■昭和44年紅白歌合戦(NHK紅白歌合戦ヒストリー - NHKオンライン)


★ナルシシズム=ナショナリズム

1968年は「絓秀実(すが ひでみ)」さんの評論で、文化防衛論は三島由紀夫さんの評論集だ。共に1968年前後という時代を論じたものだ。論じる方向性と云うか土俵というか戦うリングが全く異なっている。

異なってはいるが、サヨクとウヨクという括りだけで見ると、見る貴方が損をしてしまう。

面白い事に、絓秀実さんの1968年には三島由紀夫さんに言及している部分が多数出てくる。既知の事だが、三島由紀夫さんは「よく新左翼に取材」していたようで文化防衛論にも言及している部分が多く見られる。

まだ読破していないので、何せ「新左翼用語」が難解で読みがたいのだ(苦笑)。それでも、共通するテーマは「マイノリティー(含むエスニック的なモノ)の叛乱」と云う事だろうか。絓秀実さんに言わせると「日本人という主体」という表現になるようだ。

■コチラを参照「新左翼系統図」


三島由紀夫さんが連呼する「国体」も、絓秀実さんが連呼する「主体」も共に、いわゆる民族性を問題視していると云う事だろうか。その上で、「在日と部落」等と云うマイノリティーからの対向運動は今も続いている・・・と云う主張のようだ。

エスニック・グループも含めたマイノリティーを飯の種にしている一派がいる、「何時かアナタもマイノリティーになるかも知れませんよ」ってな具合にである。別名「疎外商法」と云うようだ。

何れ、「1968年と文化防衛論」を読了したら詳細を書こうかな?、分相応にであるが。ところで「ナルシシズム=ナショナリズム」の解題であるが、マイノリティー方向から見ると「ナショナリズム」も児戯に等しいと写る場合もあると云う例えだろう。「以て瞑すべし」かな。

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→1968年 (ちくま新書) 新書。アマゾン・レビューで「ナルシシズム=ナショナリズムに嫌悪感を持ち、(中略)第一章で読むのを断念しました」とある。惜しい、第三章から読み進むべきだったのだ、いわく「新左翼の道徳主義的なものへの反発ーそれは、新左翼の創生が石原慎太郎的=『怒れる若者』的なナルシシズム=ナショナリズムに規定されていたことと関係している。このナルシシズム=ナショナリズムこそ、新左翼の『新しさ』を可能にしたものだった」とし、それが、マイノリティー側から「日本人としての主体」を問われる事により「その負の部分が露呈したのだ。」(第三章 「華青闘告発とはなにか」より)そこで三島由紀夫が登場してくるのだが。


→文化防衛論 (ちくま文庫)文庫。ご存じ三島由紀夫の評論集。昭和43年(1968年)に中央公論に掲載された「文化防衛論」がメーンになっている。有名な割には読んだ方が少ない本の一つ。「しかも天皇は、われわれの歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴だからである」(反革命宣言より)。


→中国女 [DVD]。ジャン=リュック・ゴダール作品、1967年に公開され「1968年の5月革命を予見した映画」として有名だ。これを見ればアナタも「いわゆる進歩的知識人」になる事が出来る、可能性として。

この記事へのコメント

HAJIME
2014年11月23日 11:10
この当時、フランスではドゥルーズやデリダなどの
知識人も五月革命に参加したんでしたっけ?
管理人
2014年11月25日 20:31
逆に、1968年の五月革命は
「知識人(体制)」対「生活者としての感性の披瀝」
と云う側面もあったようだ。
有り体に言えば、
「くたばれインテリ」と云う訳だ(参考に成増ね?)
それが後のサルトル等の反体制運動となっていくそうだ。

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